サジュレター
文: ダイン観察

会議と会議のあいだの10分

二つの会議のあいだにできた小さな空き時間が、毎日の便りが本当に役立つ理由を教えてくれました。次に何が起こるかを当てるためではなく、自分がその日をどう過ごしているかに気づくためです。

先週、二つの会議のあいだに10分ほど空きがありました。

いつもなら、何も考えずにその時間を埋めていたと思います。メッセージを確認して、別の画面を開いて、最初の会議のことをまだ半分考えたまま次の通話に入っていました。

その朝の便りには、こんな短い言葉がありました。

返事をする前に、少し間を置いてみる。

大きな注意を受けたようには感じませんでした。朝ごはんを食べて、最初のメールを開くころには、すっかり忘れてしまいそうな言葉です。それでも会議が終わったとき、目の前に10分の空き時間があることに気づきました。

そこで、とても普通のことをしました。立ち上がって水を飲み、スマートフォンに手を伸ばす代わりに窓の外を見ました。

何か特別なことが起きたわけではありません。人生を変えるようなメッセージが届いたわけでもありません。二つ目の会議が急に楽になったわけでもありません。ただ、始まるときに、いつもほど焦っていませんでした。

その小さな違いが、あとまで残りました。

便りは予定表ではない

毎日の便りに、これから起こることを教えてほしいと思う人もいるでしょう。今日は運がいいのか。気をつけたほうがいいのか。何か良いことや悪いことが近づいているのか。

そう思う気持ちは、よく分かります。予定がいっぱいで先のことも分からない日は、はっきりした答えがあると安心しますよね。

でも、私が書いている毎日の便りは、自分で考えることの代わりになるものではありません。台所のテーブルに置いてある短いメモに近いものです。読んだあと、どうするかは自分で決めます。

ある日は、何かを決める前に少し時間をかけてみよう、と書くかもしれません。別の日には、後回しにしていることも、始めてみれば思ったより進むかもしれない、と気づくことがあります。決まった指示ではありません。目を向けてみる場所を伝えているだけです。

同じ言葉でも、受け取る人によって意味は変わります。「もう一つ受け入れる余裕を作る」と書いてあったとします。ある人には、友だちの誘いを受けてみることかもしれません。別の人には、仕事を増やすのではなく、今やっていることを一つ手放すことかもしれません。実際の一日に届いたとき、その言葉の意味が少しずつ見えてきます。

小さなことが大切な理由

この読みものでは、生まれた日と暦のつながりを見ていきます。説明だけを聞くと、とても大きくて遠い話に感じるかもしれません。でも、毎日の中で表れるのは、たいてい小さな選び方です。

たとえば、腹が立ったままのメッセージをすぐには送らないと決めること。家を出る前に、自分のための5分を余分に取ること。朝から何度も「いいよ」と答えていたけれど、本当に時間があるのかをまだ確かめていないと気づくこと。

こうした選び方は、外から見ると目立ちません。だから、つい見過ごしてしまいます。それでも、一日の流れは少し変わります。

だから私は、朝に便りを読んで、夜にもう一度思い返すのが好きです。書いてあったことが「当たったか」を確かめるためではありません。その言葉が一日のどこに触れたのかを見るためです。書かれていた一文をはっきり思い出す日もあります。いつもより少しだけ、落ち着いて動いていたと気づく日もあります。

それで十分です。

毎日の便りが、あなたの代わりに一日を過ごすことはできません。でも、一日に流されてしまう前に、少し立ち止まるきっかけにはなれます。ときには、誰にも使われていない10分があれば、それで十分なのだと思います。

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